ダニエル・アラス著、宮下志朗訳『なにも見ていない 名画をめぐる六つの冒険』(白水社、2002年)

ダニエル・アラス著、宮下志朗訳『なにも見ていない 名画をめぐる六つの冒険』(白水社、2002年)



今日も美術書レビューです。。
前回教科書的な本を紹介しましたが、こちらは、それからするとかなりの変化球。


絵画一枚から広い世界が広がっている、という話をしたと思いますが、それはルールを守っての話。それからすると、これはかなり自由な広がりです。
絵画を見る、ということは、その当時の時代背景や絵画が設置された状況などを見ることといいましたが、これは、そうした同時代的な見方からかなり逸脱しています。いえ、もちろんそういったことをまるで無視しているわけではありません。一旦そこから自由になるということです。
美術史とはなんなのか、作品をみるということはどういうことであるのかを根本から問い直しているといってもいいでしょう。
アラス氏がみつめるのは・・・それは細部。ごく小さなきっかけともいえる細部に注目しそこから自由に絵画を読み解いていくのです。
絵画の片隅に描かれたかたつむりであったり、誰も気がつかないようなものであったり。それは絵画の主題と関係がないように見えるけれど、実際は関係が深いものであったりするということに気がつかされます。
それが、書簡形式や対話形式で語られ、まるでよくできた小説を読んでいるかのような錯覚に陥ります。
美術書としてもそうですが、語りが面白く、ついつい引き込まれてしまいます。
各章で別の話がそれぞれ書かれていますので、好きなところだけ拾い読みするのもいいですね。
わたしが特におすすめするのは、5章 カッソーネのなかの女 ― ティツィアーノウルビーノのヴィーナス》 です。
あのポーズに込められた意味など、実に興味深い分析がされています。



もちろん、このアラス氏の分析がすべての絵画作品に適用されるのかというと、そうではないと思います。
画家がいたずらに描いたものや、ほんのお遊びで付け足したもの、などもなかにはありますし、ひとつの方法では読み解けないのが絵画の奥深いところでもあり、面白いところでもあると思います。彼が否定する図像学的解釈も、ある作品では非常に有効である場合もありますので。。
そして、美術をかじった程度のわたしにはとてもアラス氏のマネはできません。単なる根拠のない論として退けられてしまう結果が目に見えています。
それにしても、著者が2003年、59歳という若さで亡くなられてしまったのが残念でなりません。



今日はここまで。