はてなダイアリーさようなら

おひさしぶりです。記事を書く程度の映画はみていますが、とりあえずはてなダイアリーからはてなブログへ移行しました、というお知らせです。

長年ダイアリーを使ってきましたが、ついにわたしも波に乗り(?)、ブログへ移行しました。移行作業もらくちんでたすかったー!まだ使用してみないといろいろわからないことも多いですが、手探りでやってみます。

 

私事ですが、最近自分の環境がすっかり変わり、友人たちとの交流も減ってきていて、逆に言えば映画は見放題状態かもしれない…今はアマゾンプライムに頼りきりですが、週末ネットフリックスに入る予定。たのしみー!映画館へは月に数回は行けるようになってきました。最近はアナログで手帳にいろいろと記していますが、ブログも続けていきたいです。

 

それでは、今年もどうぞよろしく。昨年はあまり書けなかったけれど、今年はがんばるぞー!

『キングスマン・ゴールデン・サークル』を観る ネタバレあり

お久しぶりです。
かなりのネタバレ記事なので、観る予定になる方は気をつけてください!

フィルマークスに映画備忘録をつけるようになって、こちらにはすっかり顔を出さずにおりましたが、久しぶりに長文を書いてみたくなる映画を観ました。
まだ公開したばかりですが、キングスマンの続編です。

冒頭、主人公のエグジータロン・エガートン)がプリンスのLET'S GO CRAZYでノリノリでカーチェイスをするのを観て、「ああ、この監督やっぱり007意識してるのね」と思わせ、秘密兵器ごりごり(通信できるメガネやら爆発する小道具や時計)でかなり飛ばしていくんですが、いきなり、キングスマン組織が爆破されるという恐ろしい展開。しかも、非常にわかりやすい伏線を張っていて、キングスマン候補生チャーリーが残した機械の腕で情報がスキミングされていたという。これ全員死ぬだろ、と思ったら案の定で。組織壊滅から話がスタートしてしまう。ああ、マシュー・ヴォーンの世界だと思いました。キック・アスでも父親があっという間にあれでしたし。ちなみにマーロン役のマーク・ストロングキック・アスでは敵役でした。それにしたって、前作に思い入れがあったひとにとっては青天の霹靂すぎて、わたしの周りにも鬱状態になっているひとが沢山いました。そうですよ、あのかわいいロキシーもアーサーもJBもういないんです。しかも、「なーんちゃって、生きてました」なんて都合のいいことをするのは、ハリーだけだろな、っていうのも何となく観ている方もわかります。
となると、新しい仲間が出てくるんだろうと当然思うわけですが、出てきたのはアメリカ人……前作をふと思い出し、ああ、あの時もアメリカン人を半分馬鹿にしたようなあれだったなと思っていると、コテコテのアメリカ人があらわれる。ケンタッキー州、ゴールデン・サークル、ではっとしました。『007ゴールドフィンガー』と何か関係あるの、と。ゴールドフィンガーのあらすじはwikipediaに詳しいです。似てるとかそういうのは今更言うまでもなく、この監督、わたしは007病にかかっていると思うんで別段何とも思いません。ステイツマンというアメリカの蒸留所、今更禁酒法時代を思わせるようなカウボーイ姿のウイスキーペドロ・パスカル)や、いかにもアメリカ野郎という感じのテキーラチャニング・テイタム)やジンジャー(ハル・ベリー。いうまでもなく007ダイ・アナザー・デイに出演。この時の主題歌はマドンナで、その曲を酷評したとされるエルトン・ジョンが出演しているという何ともイギリスらしい皮肉がきいたキャステング)。彼らが新たなる仲間になり、彼らはなんとジャージ姿のハリー・ハート(コリン・ファース)を保護している。しかも記憶喪失だなんていろいろ盛りこまれたもんです。彼らとともに麻薬組織ゴールデン・サークルを探すことになるわけですが、そのボスは、ポピーという女性(ジュリアン・ムーア)。先のチャールズもこの組織の人間になっていたわけで。この組織は何というかグロテクス。裏切り者は即座に肉ミンチ(映画ファーゴや犬神家の一族を思わせるポーズに思わず笑ってしまった)にされるという。しかし、組織は何でカンボジアにあるんでしょうね。麻薬にむしろ厳しい国という印象がありましたが。
エグジーたちは、とりあえずチャールズのガールフレンドをハックして、彼女から情報を得ようとするのですが、彼女に声を掛けるところなんて、ああ、007とまた007に思いを馳せてしまうんですが、場所がグラントンベリー。そうそう、あの野外フェスの会場です。そういえばエルトン・ジョンって出演したことあるのかな、って軽く調べてみましたが、なさそうでした!なんか有名ミュージシャンのカメオとかあるかなと思って観てましたが、見つけられず…誰かわかっている方いたら教えてください。
そんなこんなで、ポピーがアメリカを支配してやろうと、死に至る麻薬をばらまいてしまうわけで。大統領はクズの塊みたいな男で、麻薬によって麻薬使用者が滅ぶならいいじゃないかなんてことを言ってのける。書類にサインしたら解毒剤をあげるというポピーを逆手にとって、最後逆転しようという浅はかな考えで乗り切ろうとしている。アホなアメリカの図式がこんなにもあからさまで、怒られないかひやひやしながら観てしまいました…実際アメリカ人も笑って観ているのかもしれないけれど。
そうそう、映画の本筋というより、キングスマンの本筋かもしれない重要シーンは、ハリーが記憶を戻すところではないでしょうか。エグジーが犬に拳銃を向け、彼の記憶を呼び戻すという。このシーンはさすがに文句なしにみんないいというはず…いいブロマンスでしたね!
解毒剤のラボに行き着いたエグジーとハリー、ウイスキー。ハリーはまだ身体の自由が効かない状態なこともあって、ちょっとお荷物扱いですが、ウイスキーを裏切り者だと言って、彼を撃ってしまう。何で裏切り者だとわかったのかがわからない、というつぶやくをツイッターで見たような気がしますが、わたしもわからない、というかあまり気にならなかった…多分、エグジーが持っていた解毒剤を割ったからじゃないかと思うんですが(ウイスキーはエグジーを守るためと言っていましたが)。実際ウイスキーは裏切り者というよりは、独自に思想を持った人間で、結局彼とも戦うことになってしまうという…そして行き着く先は肉ミンチ…。何も殺さなくても、って思いますよね。それほど悪人ではなかったし、わたしも少し思いましたが、カントリー・ロードを歌いながら地雷で自爆するマーロンに比べると傷は浅いです。正直ウイスキーが死んでしまってもあまり痛くないっていう…。それにあの肉ミンチの機械、使いたかったんでしょうね。それより、あまりに簡単にポピーが死んだことの方がびっくりでした。チャールズが最後の敵としてはちょっと物足りないし、エンターテイメントとしてのバトルはいいんですが、敵があっさり死ぬなあ、という印象が強くて。ウイスキーが裏ボスだった、くらいの荒唐無稽さがあってもいいくらいだったんですが。まあそこはでもいいとしよう、と自分に言い聞かせました。
ハリーは復活したわけだし、エグジーは自分の幸せを歩んでいくことになった(スウェーデン王女の彼女と結婚することになる)んだし、と。三作目もしかして作るつもりって感じで最後にスーツ姿のテキーラがサビルロウに?三作目やるとしたら、エグジーは引退で、今度はハリーとテキーラになるの、という妄想をしたところで、でも、キングスマンの他のメンバーいないのにどうするんだろう、と思うと寂しくもあり、やりきれない気持ちはありますね。だから言っただろう、これはアメリカ映画じゃないんだ、とでも言われている気もします。監督の出生とアメリカとイギリスの複雑な関係についてはパンフレットで町山さんが書いていましたね。なるほどなあ、と納得しました、が。かなりステレオタイプとはいえ、両国の対比は面白かったです。わたしとしては、トレイン・スポッティング的な(といってもあの映画はスコットランドですが)アウトローな庶民というのもまたイギリスのイメージではあるんですが。でもそれはエグジー自身がどちらかといえばそっち側に分類される人間だったとも言えますし、キングスマンのメンバーたちはその世界とは一線を画しているという風に考えておかないと物語は破綻するしなあ、と色々考えさせられる映画でした。
萌えも燃えも十分いただいたけれど、ずいぶんベースとなる重要人物も削っちゃいましたね!という印象です。それもまたマシュー・ヴォーン監督らしいといえばらしいわけで(キック・アス2が酷評されていたことが脳裏をよぎる)。それにしても、ノラ・ジョーンズがtedに出演していたのにもびっくりだったけれど、エルトンがまさか足をあんなにあげたりするなんて…本人はもしかしたらスパイ映画の恨み(?)を晴らせて満足なのかもしれない。その点はよかったですね。

ではまた!映画レビュー、やっぱりブログの方が書きやすいんで、また機会があれば書きたいです。映画は前と変わらず観ているので。

『レヴェナント:蘇りし者』を観る

GWは映画三昧と思ったんですが、2本しか観られなかった……!
とはいえ、いい映画でした、どちらとも。
まずはこちらから。
そうそう、あのレオ様がついにオスカーを取ったイニャリトゥ監督の作品ですよ。
元々レオナルド好きでしたよ……あのタイタニックのアイドル的な人気にのったわけではなく、本当にいい俳優だと思っていました。いつまでもオスカーを取れないところも愛おしくて。
ついにオスカーを取ってしまったことで、オスカー取れない芸(?)が出来ないのはちょっとさびしいですが、それでも受賞おめでとう、と声を大にして言いたい。レッドカーペットにあたりまして、本物に会うことも出来まして。
本物のレオ様を見た印象……

目がきれい!!
足が長い!!
オーラすごい!!

証拠写真載せておきます。

レヴェナントの升ももらいました。
レオ様オスカー受賞おめでとう、ということでこの後樽をパカン、とやりました。
レオ様が恐かった(どれくらいの強さでやっていいのかわからず、お酒が飛び出そうで、とのことだったかと)、と言っていたのが印象的。


近づいて来てくれたレオ様です。近い近い。

以上です。いや、もっといろいろあったんですが……ファンサービスがすごい。ちゃんとサインをみんなにして回っていて、やさしいなあー、と。
いいひとであることは伝わりました。そしてファンたくさんいて、わたしもうれしかったです。手が届きそうなくらい近かったです。どきどきしました。

で、肝心の映画なんですが。これはオスカー取るしかないですよ。だって鼻水凍らせて、泡はいてるんですもの。それだけではないんですが、鬼気迫る演技というのでしょうか。
みんなのレオがんばれ、みたいな空気を何故か感じました。

物語は19世紀、西部開拓時代のアメリカ。毛皮を売る仕事をするアメリカ人一行が先住民に追われながら逃げていくのですが、その導き役がレオナルド演じるヒュー・グラス。
先住民との間に生まれた子どもとともに一団にいるのですが、災難に見舞われ、一団と離れた後、同じ一団のトム・ハーディ演じるジョン・フィッツジェラルドを追うこととになります。
あまり言うとネタバレになるのでこの辺でやめておきます。

まず、熊に食われそうになります。ここがすごい。
もう絶対死ぬだろうってほどやられちゃうんです。
それ以外にも、吹雪、川、雪崩、飢餓、とにかくすべての災難がこれでもかっていうくらい襲ってきます。
それに対し、グラスはたくましいんです。もちろんいろんな災難に遭って、つらかったと思うんですが、生肉を食べ、仲間と笑い、冷酷になり……ひととの繋がりを通して、フィッツジェラルドに、そして自然に向かっていくのです。
鼻水凍らせて、っていうのは、そういう苛酷さをあらわしているのですが……ひとへの恨みとか何とかいう前に、自然ってやっぱりおそろしい。
崇高という概念を思い起こさずにはいられませんでした。
この映画で言いたかったことは、ひとがひとを裁くってことじゃないのかもしれません。
何て言うか、グラスの怨念とかそういうことじゃないんですよね。すべてはさだめ、みたいな圧倒的な自然の力を感じるんです。
先住民とアメリカ人の争いを主眼にしたわけではなく、アメリカ人同士の戦いを描きたかったのではなく、背景となっている自然を見ろ、とでも言っているかのような映像の力にやられてしまいます。
適役のトムハもよかったです。まさかの髪型だったんですけれど。いつものようなあわあわした感じのイギリス英語(わかりにくい…)ではなく、アメリカ英語に変えているようで、それもすごいなと。
最近、英語の発音気にしながら観ているですが、みんな発音を変えているんですよね、ニューヨーク訛りとボストン訛りとか使い分けていて……すごいなあ、役者って、とつくづく思います。

総括して、すごくいい映画でした。

ふと、崇高って美の概念としてとらえられていますが、この監督、ビューティフルという、美とはおおよそ遠うような映画を撮っていたのを思い出しました。
『崇高と美の観念の起源』を執筆したことで知られれるエドマンド・バークフランス革命に反対した人間だったことも思い出したりして。
割とアメリカの正義を感じる映画ではありましたが、それでいてあまり政治性は感じられない映画で、それがむしろよかった。

イニャリトゥ監督らしいカメラワークで、画面がちょっと揺れるので酔いやすいひとにはくらくらくるかもしれません。お酒飲みながらとかおすすめしません。
とにかく自然が美しくも残酷。そして、この映画はやはり映画館で観るべきだと思います。自然の大きさを知るには大きなスクリーンが必要です。
音楽が坂本龍一だったんですが、割と控えめでした。
いつも以上に内容がないような感じですが……個人的には、なんとなんと、恩師と同じ映画館で映画を観ておりまして。偶然家族が振り向いたら、4,5後ろの席にいらしたんです。
まさか同じ日の同じ時間に同じ映画館で一緒になるとは。そんなこともあるんですね。観終わってから奇跡に乾杯しました。
そして、『プライベート・ライアン』思い出すよね、最初のところ、という話になりました。熊の前なんですが、リアルだったなあ、と。映画史に残る名場面はここと熊に違いない。

もうひとつの映画、『スポットライト』はまた次に。
ではまた!

『マジカル・ガール』を観る

すごかったなー……自分的には今年一番の衝撃作のような気がしています。


以下、ネタバレありますのでご注意下さい。


冒頭、バルバラという小さな女の子が出てきて先生に怒られる場面。手に隠しているメモを見せなさい、と先生に言われるけれど、掌でマジックのように隠してしまいます。
場面が変わり、魔法少女ユキコが大好きなアリシアのためにお父さんが衣装を買ってあげようとします。
それが主だった話になると思いきや、誰も予想していなかった方向へ物語は進んでいきます。
ストーリーのもうひとつの軸であるバルバラが出てきますが、彼女とアリシアのお父さんルイスが思わぬところで接点を持つことになるのですが、バルバラに関わっていると思われる老人ダミアンが出てきます。
そうこうしているうちにいつのまにか話がひとつに集約されていきます。
あんまり話してしまうと全ネタバレになるので、ラストは語らないでおきます。


印象的だったのは、パズルのピースです。
老人がパズルを完成させていくのですが、それが時間の流れも表していて、「バルバラ」と名乗る女性からの電話がかかってきた時、パズルはまだ完成しそうにないのですが、その後完成して、あとひとつ、というところでパズルが見つからないのですが、観ている側は、それがどこにあるのかわかります。それよりかなり前の場面で道を歩いていたアリシアのお父さんにこつんと当たって道路に落ちるところがあるのです。
その作り方がお見事、と言いますか。

とにかく衝撃的な映画でしたが、「退屈」と感想を残しているひとがいて驚き……どこをどうしたら退屈に感じるのだろうかと思うほど刺激的でした。
実は肝心なところは描いていないのですが(バルバラが何をしていたのかとか)、それを語らずにこの偶然の連鎖をつなげていった監督の手腕には頭が下がります。
日本が好きというのも伝わってきましたし、随所に日本映画の影響も感じました。カメラワークと音の使い方が本当にうまいし、固定カメラが何とも日本映画らしいというか。
室内の音と室外の音をカメラのフォーカスとカメラワークで切り替えたり、と、音がそれに連動していて面白かったです。
静かな画面がまたちょっとこわくて、バルバラが訪れた屋敷は豪華できれいで、部屋もちょっとした地図とか家具もとても素敵でした。スペインらしいというか。
そうそう、その屋敷にいた車いすの紳士が闘牛は好きか、とバルバラに聞いて、バルバラは特に、というように答えるんですが、彼が、あれは理性と感情の間にある非常にスペインらしいものだというようなことを言うのですが、それもまたこの映画の象徴のように思えました。とてもロジカルに練られた話なのに、偶発的な出来事でつながっていくし、バルバラという感情の象徴のようなひとが話をゆさぶり、男を揺さぶり、揺さぶられている様を示しているのではないかと。

てっきり、「お涙頂戴映画だろうな」と思っていたのですが、いい意味で裏切られました。
ものすごくよく出来たフィルム・ノワールですね。
ファム・ファタルであるバルバラがぐいぐい話を引っ張っていき、ルイスがうまく立ち回り、ダミアンが魅せる、アリシアが終始かわいい、というそんな感じの映画です(上手くまとまってない)。
バルバラ役のバルバラ・レニーは『わたしが、生きる肌』にも出演されているそうですし、監督の次回作のプロデューサーはアルモドバル監督なのだとか。監督の次回作もたのしみです。

ではまた!


『キャロル』を観る

先々週、水曜に映画観に行きました。水道日の割引デー再び。
話題作がたくさんあって嬉しい悲鳴。

予告で気になっていたこの映画、やはりスクリーンで観て正解でした。
キャロル(ケイト・ブランシェット)とテレーズ(ルーニー・マーラ)、両極端な二人が次第に心惹かれ合っていく話なのですが。
友情物語だと思っていたんです……もちろん友情もありますけれど。
ある意味期待を裏切られました。
以下、ネタバレ含みますのでご注意ください。

始まりのシーン、プロローグ的なものだったんですが、二人がただならぬ仲であることがわかりますが、時が巻き戻されてしまい、この結論は最後にならないとわかりません。
テレーズは小市民さながらの質素な生活をたのしんでいますが、ボーイフレンドには流され、仕事もどこかたのしそうに見えない。
そんな中、テレーズが働くデパートに、毛皮をまとったお金持ちそうなマダムがやってきます。
娘のおもちゃを探している、という彼女に、テレーズは汽車のおもちゃをすすめます(電動で動くもの)。
女の子なのに、とわたしは思ったんですが、多分これは二人の趣味が合うということなんでしょうか。すぐにサインをするのですが、彼女は手袋を忘れていってしまいます。
それを郵送すると、テレーズのところに電話がかかってきます。御礼に食事を、と言って、そこから二人は知り合いになるのです。
テレーズでなくても、こんな素敵なひとに誘われたら嫌とは言えないし、テレーズはテレーズで、若々しくて魅力的なんですよね。
夫と離婚調停中というキャロルは、娘としばらく離れることを強いられ、旅行へ出掛けることになります。旅に誘われたテレーズはすぐにオーケーしてしまいます。
ボーイフレンドより仕事より、何よりキャロルといたかったということなのでしょう。
それから奇妙な女二人旅が始まるのですが、そこではキャロルの夫がやとった探偵に会ってしまい、二人の親密な関係がばれてしまいます。
元々夫からもキャロルの別の女友だちとの仲を疑われていたので、娘の親権をめぐる争いはますますキャロルに不利になってしまいます。
それもあって、旅は途中で終わります。唐突な別れが訪れた二人はしばらく別々に暮らすことになり、しばらくしてから会う機会がおとずれます。ぞして、冒頭の場面に戻るわけです。

すごくよく出来た構成だったし、映像がとても綺麗でした。
切り取り方が芸術的というのか。衣装もきらびやかで、50年代の雰囲気が好きなひとにはたまらない映画です。キャロルたちが乗る自動車もとてもきれいでした……あの頃の車ってとてもフォルムが美しいし、アナログな機器が逆にかっこいいというか。
当時の同性愛者というのはとても大変だったのだろうなという印象も強く残りましたが、それよりも画面の美しさに目を奪われたという感じです。

キャロルの友人が、キャロルを探しに来た横暴そうな夫に向かって、キャロルはずっとあなたの隣で飾りとして生きてきたんだわ、というようなことをいうシーンがあるのですが、それが小気味よかったです。
だからと言って、というと変なのですが、キャロルもテレーズも、男っぽくは決してないんです。あくまでありのままの女性というのか。
だからそれが美しいというのか。虚飾のないわたし、というのは何もきれいにしないという意味ではない、というところが興味深かったです。
女性らしい美しさというのが全面に出ていた映画でした。嫌味というか女のいやらしいところが全然なかったのがよかったです。
時代は異なりますが、『アルバート氏の人生』という映画がふと浮かびました。時代も立場も全然違いますが、生きるために男性として生きることを強いられた女性。
この時代にはそれは強いられていませんが、それでもやはり解放を求めていた、ということなのでしょうね。

トッド・ヘインズ監督は、『アイム・ノット・ゼア』の監督ですね。今度ボブ・ディランも来日することだし、改めて観てみようと思います。
それでは!

『偉大なるマルグリット』を観る

シネスイッチ銀座は金曜がレディースデーで助かりますよね!
というわけで先週観てきました。ちょっとネタバレ含みますので、近日観る予定の方はご注意ください。

音痴の歌姫という前情報だけで観てきたのですが……いろんな意味で予想と違った!
幕構成になっっていて、ところどころ同じ風景が出てくるので、いかにもフランス映画だな、という感じが勝手ながらしました。
エリック・ロメールの『グレースと公爵』が絵画みたいな映画だとすると、これは舞台のような映画というか。嫌いじゃないです。

冒頭若い女の子がでてくるので、てっきり彼女が音痴な歌姫かと思ったのですが、違いました。
彼女はいわゆる案内役なのですが、途中から完全な脇役になってしまう(それがちょっと残念でした)。
マルグリットはたいそうなおばちゃまなのですが、歌声は……ものすごい迫力。何て言うか、音程は狂ってるんですが、リズムが合っているので何とも言えない音痴加減というか。
でも、マルグリットはとにかくお金持ちなので、聴衆もいるし(しかも褒めてくれる)、歌う場所も演奏者もいるし、とにかくすべて条件が揃っているのです、歌以外は。
だから本人が気づかなくても仕方ないというか……曲の知識もあるし、貴重な楽譜みたいなものもあるし、それに敏腕執事がいるので、彼が全てを上手く隠してしまうので、例えメディアがボロクソにけなしても本人の耳には届かないっていう。
そんなマルグリット……女性(観ているひと含めて)から嫌われそうだと思うでしょう?ところが純真ですぐに彼女を好きになってしまうんです。だからこそ喜劇が成り立つのでしょうけれど。
役者の力がすごい。カトリーヌ・フロって、『アガサ・クリスティー 奥さまは名探偵〜パディントン発4時50分〜』っていうのをシネフィル・イマジカで観た記憶があって、探偵っぽい顔だなあと勝手に思っていたんですが、むしろ『大統領の料理人』の方が有名かもしれませんね。
基本喜劇なので、喜劇俳優という役者が目白押しでそれもたのしかったです。
歌の先生なんて、顔まんまるで太ってて、まさに想像する先生っていう感じで。ミシェル・フォーという役者さんです。
序盤に出て来る詩人と新聞記者が途中からマルグリットの虜になってしまうところが何ともおかしかった。
1920年代のフランスの雰囲気(いわゆる狂騒の時代と呼ばれる時代)がすごくよかった。衣装も豪華でしたし、政治の葛藤も描かれていて興味深かったです。
華麗なるギャッツビーとかにも通じる華やかさで。

ちなみに劇中の音楽は、『魔笛』のなかの‘夜の女王のアリア’、『フィガロの結婚』の「恋とはどんなものかしら」などモーツァルトの代表作から、『ラクメ』の「花の二重唱」、『道化師』の「衣装をつけろ」など…(HPより抜粋)。
結構クラシックをしらないわたしでも「ああ聞いたことある」っていうのばかりでした。

ちなみに話のモデルになったのは、アメリカのソプラノ歌手、フローレンス・フォスター・ジェンキンスという方だそうです。
アマゾンの解説によると、メリル・ストリープの自伝映画も公開されるそうで……似合いそう。

おひさしぶりです

しばらくブログ更新してなくてすみません…まだしんでません。
ブログを書くより手軽なアプリを見つけてしまって、最近フィルマークスというのでとりあえずメモしています。
いずれその記事をこちらに移そうとは思っていますが、とりあえずこんなの観てるよーっていう指標にはなるかと思うので、アドレスだけ貼っておきます。

https://filmarks.com/pc/Chana

@Chana
で探してもらえれば見つかるかな?
友だちもいなくさびしくやっておりますので、よかったらフォローして下さい(笑)。iPhoneなどでアプリがあるようです。
これに書くのも結構しんどいんですが、チェックするのにはいいですね。
そしていざレビューを書くとなると結構忘れていて困る…。
やはりきちんと書きたいけれど、ちゃんと書くと何時間もかかってしまって、ほぼ毎週映画館ヘ行っている自分にはきつい(と言っている場合ではないけれど。
また近々ブログも再開しますので、よかったらまたのぞいてみてください。
昨日ブラック・スキャンダル観てきました。ジョニー・デップの悪役っぷりとカンバーバッチ、それに今回ジョエル・エドガートンも大活躍。わたしは好きな映画だったなあ。
ドキュメンタリー系のマフィアものを見慣れていなひとにはつらいかも。と、フィルマークスのレビュー観て思いました。
好きだと思った映画って、案外一般受けしてない……知っていた、マイナー路線であることは。
というわけで、とりあえずはお知らせでした。

それではまた。